「職場の熱中症対策が義務化された」という説明をよく見かけます。これを受けて、オフィスにウォーターサーバーを入れれば義務を果たしたことになる、と読んでしまうことがあります。条文を読むと、そうは書かれていません。
労働安全衛生規則第612条の2が事業者に求めているのは、報告させる体制を整えて周知することと、悪化を防ぐ措置の内容と手順を作業場ごとに定めて周知することの2つです。飲み物を用意することそのものを義務づけた条文ではありません。何が求められていて、何が求められていないのかを、条文から整理します。
条文に書かれている2つの義務
労働安全衛生規則第612条の2は「熱中症を生ずるおそれのある作業」という見出しで、2つの項から成り立っています。
労働安全衛生規則 第612条の2 第1項
事業者は、暑熱な場所において連続して行われる作業等熱中症を生ずるおそれのある作業を行うときは、あらかじめ、当該作業に従事する作業従事者が熱中症の自覚症状を有する場合又は当該作業に従事する作業従事者に熱中症が生じた疑いがあることを当該作業に従事する他の作業従事者が発見した場合にその旨の報告をさせる体制を整備し、当該作業に従事する作業従事者に対し、当該体制を周知させなければならない。
労働安全衛生規則 第612条の2 第2項
事業者は、暑熱な場所において連続して行われる作業等熱中症を生ずるおそれのある作業を行うときは、あらかじめ、作業場ごとに、当該作業からの離脱、身体の冷却、必要に応じて医師の診察又は処置を受けさせることその他熱中症の症状の悪化を防止するために必要な措置の内容及びその実施に関する手順を定め、当該作業に従事する作業従事者に対し、当該措置の内容及びその実施に関する手順を周知させなければならない。
整理すると次のようになります。
| 項 | 求められていること | 対象になる作業 | やり方 |
|---|---|---|---|
| 第1項 | 熱中症の自覚症状がある場合、または他の作業従事者が熱中症の疑いを発見した場合に報告させる体制を整備する | 暑熱な場所において連続して行われる作業等、熱中症を生ずるおそれのある作業 | あらかじめ整備し、作業従事者に周知する |
| 第2項 | 作業からの離脱、身体の冷却、必要に応じて医師の診察または処置を受けさせることなど、症状の悪化を防ぐために必要な措置の内容と実施の手順を定める | 同上 | あらかじめ作業場ごとに定め、作業従事者に周知する |
どちらの項にも「あらかじめ」と「周知させなければならない」が入っています。何かを買って置いておく、という形では満たせない条文です。求められているのは、誰にどう知らせるかまで含めた体制と手順です。
飲み物を用意することは書かれていない
第612条の2のどこにも、水や飲料を用意する義務は書かれていません。第2項に出てくる具体的な措置は「作業からの離脱」「身体の冷却」「必要に応じて医師の診察又は処置を受けさせること」の3つです。
したがって、ウォーターサーバーを設置しただけでは、この条文が求めていることを満たしたことにはなりません。報告させる体制が整っていなければ第1項を満たしませんし、悪化を防ぐ措置の手順が定まっていなければ第2項を満たしません。
サービス提供会社の案内でも、この区別が常に明確とは限りません。たとえばクリクラの法人向けページには、熱中症対策をきっかけにウォーターサーバーを導入する企業が増えているという説明があり、その背景として規則の改正が挙げられています。

この説明自体は、水分補給の環境を整えることの意義を述べたものです。条文が求める体制・手順の整備と、水分補給の環境整備は、別の話として扱う必要があります。両方やる会社が多いというだけで、片方がもう片方の代わりにはなりません。
対象になるのはどんな作業か
条文の対象は「暑熱な場所において連続して行われる作業等熱中症を生ずるおそれのある作業」です。ここの読み方が、自社に当てはまるかどうかを決めます。
「暑熱な場所」で「連続して行われる」作業が例示であり、そのうえで「熱中症を生ずるおそれのある作業」が本体です。典型的には、屋外の建設現場、空調のない倉庫や工場、炉のある作業場などが想定されます。
一方、空調の効いた一般的な事務所での事務作業が、そのまま当てはまるとは読めません。ただし、同じ会社の中に屋外作業や倉庫作業がある場合は、その作業について条文の対象になります。会社単位ではなく作業単位で判断する条文だという点が重要です。
| 場面 | 条文の対象になりうるか | 理由 |
|---|---|---|
| 空調の効いた事務所での事務作業 | そのままでは読み取れない | 暑熱な場所にあたらない |
| 空調のない倉庫での仕分け作業 | 対象になりうる | 暑熱な場所で連続して行われる作業にあたりうる |
| 屋外の建設現場での作業 | 対象になりうる | 同上 |
| 夏季の屋外での配送・設置作業 | 対象になりうる | 同上 |
| 事務所の社員が年数回だけ倉庫を手伝う | その作業について対象になりうる | 作業単位で判断するため |
最後の行が見落とされやすいところです。普段は事務所にいる社員でも、暑熱な場所の作業に入るならその作業が対象になります。棚卸しの応援、イベントの設営、現場の立ち会いなどが該当しうる場面です。
罰則の根拠はどこにあるか
「罰則付きの義務になった」という説明の根拠も確認しておきます。罰則は規則そのものではなく、労働安全衛生法に定められています。
労働安全衛生法第22条は、事業者に対し、次の健康障害を防止するため必要な措置を講じなければならないと定めています。第2号に挙げられているのが「放射線、高温、低温、超音波、騒音、振動、異常気圧等による健康障害」です。高温による健康障害の防止は、法律のレベルで事業者の義務とされています。
そして同法第119条第1号は、第22条を含む複数の条文に違反した場合、違反行為をした者を6月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金に処すると定めています。
| 条文 | 内容 |
|---|---|
| 労働安全衛生法 第22条第2号 | 高温等による健康障害を防止するため必要な措置を講じなければならない(事業者の義務) |
| 労働安全衛生規則 第612条の2 | その措置の具体的な中身として、報告体制の整備・周知と、悪化防止の措置内容・手順の策定・周知を定める |
| 労働安全衛生法 第119条第1号 | 第22条などに違反したときは6月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金 |
e-Gov法令検索「労働安全衛生法」/e-Gov法令検索「労働安全衛生規則」
この構造を押さえると、罰則が付いているのは「水を置かなかったこと」ではなく「必要な措置を講じなかったこと」だと分かります。措置の中身を定めているのが規則の第612条の2です。
会社が決めておくこと
条文に沿って考えると、整備すべきものは文書と連絡経路です。対象になる作業がある会社なら、次の順で決めていくことになります。
- 対象になる作業を洗い出す。屋外作業、空調のない場所での作業、熱源の近くでの作業を、作業単位で書き出します。事務所の社員が一時的に入る作業も含めます。
- 報告の相手と経路を決める。自覚症状があったとき、誰に、どうやって伝えるのか。現場の責任者か、本社の担当か。電話か、アプリか。条文は「体制を整備し」と書いており、相手と手段を決めることが中身になります。
- 他の人が見つけた場合の扱いも決める。第1項は、本人の自覚症状だけでなく「他の作業従事者が発見した場合」も報告の対象にしています。本人が申し出られない状態を想定した定めです。
- 離脱と冷却の手順を作業場ごとに書く。どこへ連れていくか、何で冷やすか、誰が付き添うか。「作業場ごとに」と条文にあるため、場所ごとに書き分ける必要があります。
- 医療機関へつなぐ基準と連絡先を決める。「必要に応じて医師の診察又は処置を受けさせること」が条文に挙がっています。どの状態なら呼ぶのか、どこへ連れていくのかを決めておきます。
- 作業従事者へ周知する。両方の項に「周知させなければならない」とあります。作った文書を誰も知らない状態では、条文を満たしません。
このうち、6番目が最も抜けやすい工程です。手順書を作っただけでは「周知」になりません。朝礼で読み上げる、掲示する、入場時に配る。やり方は問われていませんが、作業従事者に伝わっている必要があります。
周知したことをどう残すか
条文は「周知させなければならない」とだけ定めており、方法も記録の様式も指定していません。だからこそ、後から「周知した」と説明できる形にしておく必要があります。
実務で取りやすいのは次の3つです。1つめは配付の記録で、手順書を誰に渡したかを名簿で残す方法。2つめは掲示で、作業場ごとに手順を貼り出し、掲示した日と場所を記録する方法。3つめは朝礼や入場時教育の記録で、説明した日時と出席者を残す方法です。
どれか1つでも形になっていれば、何もない状態よりはるかに説明しやすくなります。手順書のファイルがサーバーの奥にあるだけ、という状態が最も弱いでしょう。作業場ごとに手順を定める条文なので、記録も作業場ごとに分けておくと整合が取れます。
協力会社や派遣の作業従事者が入る現場では、その人たちへの周知も漏らせません。条文は「当該作業に従事する作業従事者」に周知するよう求めており、自社の社員に限っていません。入場時の手続きに組み込んでおくのが現実的です。
いつまでに整えるか
「あらかじめ」と条文にあるので、暑くなってから作るのでは遅いことになります。整備の時期を逆算しておきます。
| 時期 | やること |
|---|---|
| 春先 | 対象になる作業の洗い出しと、手順書の見直し |
| 初夏まで | 報告の経路と連絡先の更新、作業従事者への周知 |
| 夏季 | 運用。報告があった場合の対応と記録 |
| 夏の終わり | 実際に起きたことを手順へ反映する |
連絡先の更新は毎年やる価値があります。人事異動で責任者が替わっているのに、手順書の連絡先が去年のままという状態は珍しくありません。報告させる体制を整備するという条文の趣旨からすると、連絡先が古いままでは体制があるとは言いにくいでしょう。
水分補給の環境は、どこに位置づけるか
では、ウォーターサーバーのような設備はどう扱えばよいのでしょうか。
条文の義務そのものではありませんが、第2項で定める手順の中に組み込むことはできます。たとえば「作業から離脱したら、休憩所で水分と塩分を取る」という手順を書くなら、その休憩所に水があることが前提になります。手順を実行できる環境を整える、という位置づけです。
また、労働安全衛生法第22条の「必要な措置」は、規則に書かれたものだけに限られません。高温による健康障害を防ぐために現場の実情に応じて必要な措置を講じる、というのが法律の建て付けです。水分補給の環境整備は、その一部として説明できます。
整理すると、次のようになります。
| やること | 条文との関係 |
|---|---|
| 報告体制を整備して周知する | 規則第612条の2第1項が直接求めている |
| 離脱・冷却・医師の診察の手順を作業場ごとに定めて周知する | 規則第612条の2第2項が直接求めている |
| 休憩所に水分を用意する | 条文が直接求めているものではないが、手順を実行できる環境として位置づけられる |
| WBGT値の把握や作業時間の調整 | 法第22条の「必要な措置」として、現場の実情に応じて検討する |
順番が逆になっている会社が多いのではないでしょうか。設備を先に入れて、手順はあとから、という流れです。条文が求めているのは手順と周知のほうなので、まずそちらを作り、必要な設備をそこから逆算するほうが筋が通ります。
現場に合う方式を選ぶ
手順を作った結果、休憩所や現場に水分を置くことになったとします。そのときに選ぶ方式は、オフィスの場合とは条件が変わります。
屋外の現場や仮設事務所では、水道の分岐工事ができないことがほとんどです。この場合、水道直結型は選べません。給水型も、注ぐための水道が近くにある前提です。水道設備から離れた場所なら、ボトルを配送してもらう方式が現実的になります。
期間が限られる現場なら、短期利用に対応しているかも条件になります。アクアクララは法人向けページで1日からの短期利用に対応するとしており、設置イメージとして建設現場の仮設事務所やイベント会場を挙げています。夏季の数か月だけ置いて撤去する、という使い方ができるかどうかは、現場向けでは大きな差です。
一方、空調の効いた事務所に置くなら、使用量と工事の可否で選ぶのが基本です。方式ごとの違いは水道直結型と宅配ボトル型の違いに、各社の条件はオフィス向けウォーターサーバー5社比較にまとめています。
誤解されやすい言い方
最後に、よく見かける言い方と、条文から読み取れることを並べておきます。
| よく見かける説明 | 条文から読み取れること |
|---|---|
| 「熱中症対策が義務化された」 | 報告体制の整備・周知と、悪化防止の措置内容・手順の策定・周知が、規則第612条の2で定められている |
| 「ウォーターサーバーを置けば対策になる」 | 条文には飲み物の用意は書かれていない。手順を実行できる環境としての位置づけにとどまる |
| 「すべての会社が対象」 | 対象は「暑熱な場所において連続して行われる作業等熱中症を生ずるおそれのある作業」。作業単位で判断する |
| 「罰則がある」 | 罰則の根拠は法第119条第1号。法第22条などへの違反に対し6月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金 |
なお、クリクラの法人向けページには、2025年6月に改正労働安全衛生規則が施行され、対象となる条件の職場における熱中症対策が「努力義務」から「罰則付きの法的義務」になったという説明があり、出典として厚生労働省のページが示されています。施行の時期については、本記事では一次情報で確認できていません。条文の内容はe-Gov法令検索で確認した現行のものです。
