ランチェスター戦略は、世界中で最も幅広く利用されている重要な経営戦略です。一流の経営者でランチェスター戦略を知らないという人は世界のどこにもいないのではないでしょうか。ソフトバンクの孫正義氏やH.I.S.の澤田秀雄氏が活用した戦略としてもお馴染みですね。
数ある経営戦略の中でもランチェスター戦略が特に興味深いのは、経営者の立場だけでなくさまざまなシーンに応用できるという点です。営業にも使えますし、ブランド力を高めたいとかブログのPVを稼ぎたいとかいったケースでも役に立ってくれます。
企業人・自営業者・フリーランスを問わず、ビジネスに関わる人であれば誰にでも活かすことのできる考え方ですので、この機会にランチェスター戦略についてあらためて理解しておきましょう。
ランチェスター戦略とは?
日本生まれの経営戦略
ランチェスター戦略は日本で生まれた経営理論です。よく知られている経営理論やマーケティング理論の類はほとんどが海外から輸入されたものですから、非常にめずらしい存在だといえるでしょう。
ランチェスター戦略が理論として整理されたのは1970年代前半です。このころ日本ではオイルショックが巻き起こっており、高度経済成長以来の経営戦略を見直す必要が出てきていました。そこで一部の大企業がランチェスター戦略の考え方を取り入れ、見事オイルショックを乗り越えることに成功したのです。
さらに、ランチェスター戦略を活用して躍進したベンチャー企業が多数出てくると、ますますその認知度は高まります。強者だけでなく弱者にも適した経営戦略だということがわかったためです。今では「経営戦略のバイブル」とまで呼ばれるほどです。
もともとは軍事戦略がベース
なお、ランチェスター戦略が日本産だというのは、あくまでも経営戦略として考えた場合の話です。そのベースとなる考え方自体は、実は1914年にイギリスで生まれていました。それが「ランチェスターの法則」です。
これは航空工学のエンジニアだったフレデリック・ランチェスターによって提唱されたもので、もともとは第一次世界大戦中に軍事戦略として考え出されたものでした。
ランチェスターの法則が画期的だったのは、軍事戦略を数式として表現したことです。それまでの軍事論は思想的な部分や精神的な部分ばかりに着目したものがほとんどで、科学的根拠に欠けるものが大半でした。科学的なアプローチで軍事戦略を立てた元祖といってよいでしょう。
これを経営に応用したものが、ランチェスター戦略です。軍事も経営も、相手の力を奪って自分たちが優位に立つという目的は共通です。 「軍事戦闘における勝敗を市場競争における勝敗に置き換えたものだ」と考えると理解しやすいのではないでしょうか。
ランチェスター戦略の基本の考え方
経営戦略としてのランチェスター戦略について解説する前に、まずは軍事戦略としてのランチェスターの法則を押さえておきましょう。ごくごく簡略化すると、要点は次の2点です。
- 一騎打ちや接近戦では、攻撃力は「兵士の数 × 武器の性能」で決まる
- 集団戦や広域戦では、攻撃力は「兵士の数 × 兵士の数 × 武器の性能」で決まる
つまり、戦場が広くなればなるほど兵士の人数がモノを言うようになるということです。フィクションの世界では、主人公がたった1人で敵の陣地に乗り込んでいって全員をなぎ倒すというシーンがよく描かれますが、現実的には大勢にぐるりと囲まれたらそれで終わりですよね。
人数の少ない軍隊が人数の多い軍隊に勝つためには、なるべく相手を狭い場所に追い込んで一騎打ちの状況を作り出さなければなりません。武器の性能を極限まで高める必要もあるでしょう。逆に人数の多い軍隊が数的有利を活かすためには、相手を広い場所におびき出して飛び道具でやっつけてしまえばよいのです。
強者には強者の、弱者には弱者の戦い方があるとランチェスターの法則は示しているわけです。さて、これをそのまま経営に応用すると、どうなるでしょうか?
ランチェスター戦略の実践方法
強者の戦略
強者がとるべき戦略は、とにかく広い戦場へ出ることです。これは単に地理的な覇権を伸ばすというだけの意味ではありません。分野の面でもターゲットの面でも、貪欲に幅広く手を拡げていくことが重要となります。そして、圧倒的な兵力で弱者を制圧するのが強者の戦い方です。大企業が多種多様なグループ企業を持っているのは、このためです。
もし弱者が狭い場所に潜り込んでいるならば、広い場所に引きずり出してしまいましょう。たとえば他社が魅力的な新商品を出したとしたら、追随して類似商品を出した上で低価格競争に持ち込みます。市場規模そのものを拡大することができれば、強者が弱者に負けることはまずありません。
さらに、飛び道具を使えるのも強者の特権です。弱者は製品やサービスそのものの魅力で戦うしかありませんが、強者にはさまざまなアプローチが考えられます。資金力にモノを言わせて大規模な広告を展開するという手法はお馴染みでしょう。また、優秀な人材を容赦なくヘッドハンティングするというのも強者ならではの戦略です。
弱者の戦略
ランチェスター戦略においては、市場シェア1位以外の企業はすべて「弱者」です。大手企業のグループ会社だったとしても、その業界で2位以下であれば弱者の戦略を用いる必要があります。
弱者がとるべき戦略は、以下の3つのキーワードに集約されます。
1つ目は「局地戦」。弱者が生き残るための基本は、できるかぎり狭い場所で戦うことです。つまり、ニッチ市場を開拓していくことにしか勝機はありません。それも生半可なニッチではなく、大手企業がわざわざ参入しようとは思わないほど限定された領域を目指すことが大切です。
2つ目は「一点集中」。この企業といえばこの商品だ、と誰もがイメージするような代名詞を作りましょう。物理的にも経済的にもあらゆるリソースをその看板商品だけに注ぐべきです。そうして武器の性能を極限まで高めなければ、シェア1位になれたとしてもすぐに他社に追い抜かれてしまいます。他分野に手を広げるのは、自身が圧倒的強者になってからで充分です。
3つ目は「一騎打ち」。いくらニッチ市場を狙うとはいえ、現実的には誰も手をつけていない市場などそうそう残っているものではありません。そこで、極力競合の少ない市場を目指します。現状で寡占状態となっている市場に参入すれば、一騎打ちの戦いに持ち込むことができます。
ランチェスター戦略の成功事例
強者の例:トヨタ・プリウス
トヨタ・プリウスとホンダ・インサイトによるいわゆるPI戦争の結末は、まさしく強者の戦略の代表的な成功例だといえるでしょう。
発端は2009年2月、ホンダが新型インサイトを発売したことでした。当時としては画期的な燃費性能と価格の安さが話題を呼び、インサイトは爆発的な売上を記録しました。すると3ヶ月後、トヨタは真っ向から対抗するように高燃費の新型プリウスを低価格で発売します。つまり、わざと競合製品をぶつけたわけです。
圧巻だったのはその際の販売戦略でしょう。トヨタには4系統のディーラーがあり、従来は系統ごとに取り扱い車種を分けていたのですが、新型プリウスに関してはすべてのディーラーで取り扱われました。さらに旧型プリウスも、わざわざインサイトと同価格に値下げして再発売をします。一切の隙を残さず、徹底的にインサイト陣営を潰しにかかったのでした。
その甲斐あってプリウスは年間で20万台以上を売り上げる大ヒットとなり、一方のインサイトは急失速、やがて2014に生産終了となりました。
弱者の例:セブン-イレブンの関西戦略
今でこそコンビニ業界の強者であるセブン-イレブンですが、実はこの地位を築いたのは意外と最近のことです。全国的には1970年代末からすでに業界1位だったものの、その認知度は関東が中心でした。1990年代に入るまでは、大阪にも京都にも兵庫にもセブン-イレブンは存在しなかったのです。
なぜなら、当時の関西ではローソンが圧倒的に強かったためです。ほぼ独占状態にあり、他社が参入しても到底太刀打ちできないだろうと考えられていました。つまり関西におけるセブン-イレブンは、ある時期まで確実に弱者の側だったということです。
にもかかわらず、セブン-イレブンはローソンの牙城を崩すことに成功しました。その秘策は、短期集中で特定地域内にのみ次々と出店するという手法にありました。あえて一騎打ちの局地戦に持ち込むことで、強者に打ち勝ったのです。
まとめ
以上、ランチェスター戦略について簡単に解説しました。
近年ではインターネットの普及に伴ってビジネスのありかたが変わってきていますので、中には現状にそぐわない戦略もあったかもしれません。しかし、強者と弱者でアプローチが変わるという基本的な部分は変わりませんし、考え方自体は今なお有効です。
もともとランチェスター戦略は軍事のために考えられたものですから、「競合相手の力を奪う」という目的さえ共通していればいくらでも応用が利くはずです。ここで紹介した実践方法をそのまま用いるのではなく、業種や状況に合わせて上手に活用していくことが、ビジネスをステップアップさせていくためには欠かせません。
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